スティーブ・ジョブズ研究所

スティーブ・ジョブズの人生から、成功のエッセンスを研究し抽出、突出したビジネスマンになるヒントを探る

変わった少年スティーブ・ジョブズ




1955年2月24日 世界的事件発生!

 
ジョブズが生を受ける
 
 
もうこれは歴史的な記念日なので、暗記しておきましょうね。暗記。
だってジョブズが生まれた日ですよ。
僕がもし大統領ならもう2/24は祝日にしますね。(*^^*)

 
 
っとまぁ冗談はさておき本題に戻りましょう。
 
 
 
さすがはジョブズ師匠!
人生のスタートからいきなり普通ではない環境で生まれてきちゃいましたよ。
どういう事かというと、産みの親の事情によりいきなり養子に出されて、
実の両親の元から里親に育てられるという環境で育つことになりました。
 
 
 
うーん、この頃からオリジナリティと独自性に優れた星の元からやって来た人なんだと
いう事で理解しておこう(^^;;
 
 
 
 
まぁこの事が後のョブズ師匠の人生に大きな影響を与えていくことになるのですが、
本人は小さい頃から、自分は養子だと教えられて育ってきたので、この事を凄く辛く思っていた。
でも世界にとっては、これは物凄く結果オーライの最高の形になるのです。
 
 
その理由はいくつもあるのですが、
一つには育ての父親のポールジョブズの存在。

この父親は
機械いじりや車の修理がとても得意で、
手先が器用でいわゆる職人のような人物だった。

本業とは別で壊れた車を安く買い、レストアして売るという結構本格的な副業をしており
そのため機械いじりはかなりの腕前だった。

戸棚や柵などなんでも自分で作ってしまう人で、その仕事は見えない部分までも 
ものすごく丁寧。むしろそんな細かい部分が大事なんだということを教え込まれたジョブズ師匠 。



事実『親父はデザインの感覚が鋭いと思ったね』と話している。 
はっきり言ってジョブズ師匠に認められるほどのセンスと言ったら相当すごい事です!

後のAppleでもデザインについて称賛されるようなデザイナーは、ほぼいないわけですから
もうね、本当にお世辞じゃなく、洗練された華麗な感覚をポールジョブズは持っていたんでしょうね。


 これが後のApple製品につながるルーツとなる。
 
 
ジョブズ師匠の異常なほどの情熱的な製品開発の原点は、
父親のポールから受けていた影響が多いのでしょう。
 
 
いずれにしても、ジョブズ師匠が養子に出されなければ、この父親ポールジョブズに出会う事もなかったので、
この歴史的事実があってこそのスティーブジョブズ
 
なにかひとつ歯車がくるってたら、
今のAppleはなかったかもしれません。
 
 
iPhonemaciPad Airもないなんて、
今の僕からしたら考えられないわぁ^^;
 
 
今日はジョブズの生まれなど軽く触れましたが、
 
これからどんどんジョブズ師匠のリスペクトすべき点や名言、驚くべき行動など、どんどん紹介していきまっす。